OPINION

メディアはどう伝えているか Perspectives from the Media

グローバル化をめぐる世界の報道ぶりを、共同通信編集委員・会田弘継氏が分析します。

 

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パラダイムシフトが起きているのか?

アメリカの住宅バブル崩壊によるサブプライム危機は、世界同時株安を引き起こし、国際金融市場全体が不安定な状態となっている。そうしたなかで、グローバル化を進めてきた世界は、あらたな安定を求めて再編に入ったのではないかという論議が目立つようになってきた。いよいよアメリカ主導によるグローバリゼーション、すなわち「アメリカの時代」の終わりが来たという見方だ。

グローバル社会の象徴のような世界経済フォーラム。ことしの年次総会(ダボス会議)の初日、投資家のジョージ・ソロス氏は英フィナンシャル・タイムズ紙への寄稿で、今回の危機により「ドルを国際準備通貨として信用拡大を続けてきた時代は終わりを告げることになる」と宣告した(1月23日付同紙“The worst market crisis in 60 years”)。「アメリカが相対的に没落し、途上国のうち中国などが台頭して、(世界経済に)根本的再編が起きる」という。その結果、アメリカが保護主義に走りでもすれば、世界経済は大きな混乱に直面し、不況に突入するという。最悪のシナリオだ。

フランスの大手素材企業サンゴバンのジャンルイ・ベッファ会長らは、金融部門がこの十年ほど「自己責任」ということで勝手気ままに振る舞ってきた結果、金融資本主義のひとつのモデルが崩壊し、「市場と政府」の関係に危機的な状況が生まれたとみる。世界の富裕国トップ5のうち3カ国までが、貿易黒字を追求する「ネオ重商主義」をとっているのが現状だという。ベッファらが挙げる3カ国とは中国、日本、ドイツである。また、未熟な民主主義体制をとる国々が金融市場メカニズムを巧みに利用して政治目的を達成しようとするのにどう対処するかという問題も起きていると指摘する。具体的には述べていないが、中国やロシアの政府系投資ファンドへの対応を指しているのは明らかだ。ベッファらは、ネオリベラル国際経済体制が、皮肉にも国家主導経済の台頭を招いたと言いたいようだ(2月22日付FT紙“The fall of a financial model”)。

植民地時代からの逆転現象

アメリカの中道左派系(時にはネオコン系にもなる)雑誌ニューリパブリックでフランスの思想家ベルナールアンリ・レビは、これも皮肉な調子で、いま目の前で起きている国際システムの「パラダイムシフト」は、アメリカの「没落」とか「臨終一歩手前」というのではなく、「アメリカたたき売り」だと主張した(同誌2月27日号“They’re Coming”)。かつては、アメリカをはじめ西側先進国が資本と生産手段を持って製品を造り、その市場を途上国に求めた。いまやこれが逆転。中国は製品を造り、資本を蓄え、市場をアメリカなど先進国に求めている。中国や湾岸諸国は蓄えた資本でアメリカ資本主義の牙城であるモルガン・スタンレーやシティバンク、メリルリンチまで買い始めた。ドル下落が続き、やがて、中国企業は製品を売るだけでなく、安い労働力を求めてアメリカに工場をつくるようになっても不思議ではない。その時、中国に職を奪われたと主張してきたアメリカの巨大労組はなんというか・・・。「これがグローバル時代のニューディールだ」とレビはいう。

ついでながら、ニューズウィーク誌(アジア版)2月18日号は、大英帝国の植民地だったインドが、かつての宗主国だったイギリスに投資をどんどんと進め、この3年で投資総額は倍となり、イギリスの対インド投資を上回ったことを紹介している(“The Jewels in Their Crown”)。インド鉄鋼大手タタは昨年、ブリティッシュ・スティールの流れをくむ英オランダ鉄鋼大手コーラスを買収、さらにフォード傘下にある英高級車の名門ジャガーやランドローバーの買収に動いている。植民地時代から逆転した。

広がる自由貿易への懸念

もし、グローバル化の進展により、ニューディールとも呼ぶべき富の再配分が世界的規模で起きているのなら、それはそれで結構なことなのだろう。だが、実態はもっと複雑だ。国家間ではニューディール(再配分)かもしれないが、このシリーズの最初(昨年11月)で触れたように、市民レベルではグローバル化に乗る人々とそうでない人々の間で、貧富の差がどんどん広がっている。この点は、冒頭にジョージ・ソロス氏が言及した「アメリカの保護主義への暴走」というシナリオの原因になりうる。いま進行中のアメリカ大統領選のテーマのひとつでもある。

英カンブリア大学で哲学・神学の教鞭をとるフィリップ・ブロンドはインターナショナル・ヘラルドトリビューン紙への寄稿で、あらためて陰鬱な現実を、数字を使って突きつける。金持ち国の集まりである経済協力開発機構(OECD)加盟の上位13カ国でさえ、1970年以来、賃金上昇率はインフレ率を下回り続けている。アメリカでは1979年から2004年までの間に、上位1%の金持ちの収入が国民総所得に占める割合は78%も増えているのに、他の80%の人々の収入の割合は15%も落ちた・・・これがネオリベラル主義グローバル経済の実態であり、いまや右派も左派も解決策を見つけられない(1月23日付同紙“The failure of neo-liberalism”)。ただ、ブロンド自身が打ち出す「所有権の広範な分配」というのは、具体的にどうするのか分からない。過激主義の再来の気配がするだけだ。

米ビジネスウィーク誌は、常に自由貿易を擁護する側に立ってきたアメリカの経済学者の間で「容易ならざる事態が起きている」と警鐘を鳴らしている。自由貿易に対する疑念が生じはじめているのだという(同誌2月11日号“Economists Rethink Free Trade”)。

ここ数十年の貿易と投資の自由化は、アメリカ経済に毎年5000億ドルから1兆ドルの恩恵を与えてきたと推定されている。ところが、その恩恵はごく限られた金持ちのところにしか回っていかないのである。アメリカ社会を支えてきた中産階級が収入頭打ちの状態となった。自由貿易体制下では、本来そうはならないはずだった。貧困に落ち込んでいく人々に手を差しのべないと保護主義の反動がやってくる恐れがある。

この連載でも取り上げてきたプリンストン大学教授のアラン・ブラインダーとか、ダートマス大学教授のマシュー・スローターらが、そうした懸念を表明する代表的な論者として、ビジネスウィーク誌に取り上げられている。ブラインダーはクリントン政権で大統領経済諮問委員や連邦準備制度理事会副議長を務め、スローターは現ブッシュ大統領の経済諮問委員を務めた。ともに貿易自由化を推し進めてきた側である。

こうしたアメリカ経済学会の中で生じる自由貿易への疑念が、大統領選にも微妙な影響を及ぼし、ヒラリー・クリントン候補とオバマ候補の間では北米自由貿易協定(NFTA)の見直しなどをめぐって論争が起きている(2月6日付ウォールストリート・ジャーナル“The Candidates and Trade)。ヒラリー候補の経済政策顧問であるジーン・スパーリングは「グローバル化の拡大と情報技術の進展でアメリカの中産階級層が厚くなったか、それとも空洞化してしまったか。それこそが現代の最も重要な経済問題である」といっている。

「グローバル化現象とはすなわちアメリカ化だ」という批判がよく聞かれるが、そのアメリカ内部でもサブプライム問題発生以降、これまでになくグローバル化への疑念、批判が強まる傾向にあるといえそうだ。それに輪をかけているのが大統領選だ。

国民国家の弱体化

経済面だけでない。ニューズウィーク国際版のファリード・ザカリア編集長は、最近のケニアやパキスタンの総選挙、さかのぼってイラクの総選挙などでの部族間の争いをみると「グローバル化と民主化は今日の大きな潮流だが、この二つにより国家内部の小さなグループが勢いづき、国民国家が弱体化していく効果が生じている」と指摘する。国民国家形成以前の「古い帰属意識(アイデンティティー)」が甦っている。それは途上国だけでなく、昨年オランダ語圏とフランス語圏の対立で総選挙後に半年も政権がつくれないという「危機」に陥ったベルギーなど先進国でも起きている現象だ(ニュースウィーク誌アメリカ版1月14日号)。

グローバル化は、大統領選を経て「変革」へと向かおうとするアメリカをも巻き込んで、世界にパラダイムシフトを求めているのか。その先にどんな世界が待っているのか。議論はつきそうもない。

共同通信編集委員。東京外国語大学英米科卒。ジュネーブ支局長、ワシントン支局長などを歴任。著書に『戦争を始めるのは誰か——湾岸戦争とアメリカ議会』(講談社現代新書)、訳書にフランシス・フクヤマ『アメリカの終わり』(講談社)などがある。