2008年アメリカ大統領選が、アイオワでの党員大会を皮切りに始まった。これから11月4日まで長い選挙戦となる。
「これほど非民主的な選挙は世界にない」と言ってのけたのは国立シンガポール大公共政策大学院のキショール・マブバニ院長だ。わずか(?)1億2600万のアメリカの有権者の投票結果が、世界の66億人に大きな影響を与えるからだ。アメリカ人以外の多くの人が、投票権を与えてほしいと願っている(ニューズウィーク誌1月14日号“If the World Could Vote”)。
アメリカを中心に進んできたグローバル化がグローバル社会を生み出した。それはかつての「帝国」のように一体化している。だが帝国システムとは違う相互依存の社会だ。簡単な話が、6000億ドル(70兆円)もの米財務省証券を買い込んで、借金体質のアメリカ経済を支えている日本人にも大統領選びで何か言う権利はないのか、ということだ。逆にアメリカ人にしてみれば、日本の安全保障のためにどれだけアメリカが貢献しているかを考えれば、持ちつ持たれつだということになる。いずれにせよ、一国の政治変化が遠い他の国の人々の生活にすぐにも大きな影響を与えかねない。グローバル社会の民主主義はどうあるべきか。マブバニはそういうことを問いかけている。
そのグローバル化の原動力であるはずのアメリカ人がグローバル化に背を向けだしている、と警告を発するのは元連邦準備制度理事会(FRB)副議長のアラン・ブラインダー・プリンストン大教授だ(1月6日付ニューヨーク・タイムズ“Stop the World (and Avoid Reality)”)。
イラク情勢の鎮静化もあって、大統領選の争点は国内経済や医療保険など内向きなテーマに焦点が移りつつある。その中で、60年代に大流行したミュージカルのタイトル「地球を止めてくれ、俺は降りるから」のような気分が出ているという。民主党側の貿易保護主義的な主張、共和党側の排外主義的な移民政策。アメリカ人はグローバル社会から降りたがっているかのようだ。
グローバル化は不可避な流れであり、またチャンスでもある。それを市民が納得できないのは、アメリカの外に問題があるのではなく、内側に問題があるためだとブラインダー教授はみる。グローバル化に伴う産業構造の変革に対応できるような仕組み−職業訓練、医療保険、年金などで市民が安心できるような制度を整えることで、はじめてアメリカ人らしく前向きにグローバル社会に向き合っていけるのではないか。教授はそう説く。
グローバル・イシューと米大統領選
グローバル化とつながる移民問題が大統領選の焦点のひとつとなっている。グローバル社会における「人の移動」(migration)を、エコノミスト誌1月5日号が特集した(“Open up”)。グローバル化はモノ、カネだけでなく、ヒトの激しい移動ももたらす。合法・違法を含めて、今日の世界に移民は約2億人にいると推定される。アメリカでは外国生まれの人は13%に達し、第一次大戦直前の移民大量流入時代に記録した最高レベル15%に迫る勢いだ。かつて移民を送り出す側だったアイルランドやギリシャにも、逆にどんどんと移民が流れ込む時代だ。
先進国の高齢化社会は移民なしでは立ち行かない。また、一部の汚れ仕事は移民頼りになりつつある。経済的チャンスを求めて途上国から先進国へ移り住むだけでなく、世界の移民の5分の2は途上国から途上国へと移動している。途上国の海外出稼ぎ労働者が、2006年に本国へ送金した額は3000億ドル(30数兆円、世銀調べ)。ギリシャのGDPに匹敵する。西アフリカ・ギニアビサウでは、GDPのほぼ半分が海外からの出稼ぎ送金だ。
グローバル化に伴う合法・違法の移民増に対し「職を奪われる」「犯罪が増える」といった反発や排外主義的動きが欧米各国に出ている。アメリカでは、ネット上で展開するある反移民運動団体の会員数が2001年には3000人だったのが今では49万人にまで膨らんだという例も紹介されている。
自由貿易派のエコノミスト誌は、国境の開放に前向きだ。もし完全に労働の移動を自由にすれば、世界経済は二倍に膨れあがるという分析もあるという。果たしてそうなるかは分からないがモノが移動(貿易)し、カネが移動(投資)し、さらにヒトが移動(移民)するのはグローバル化の必然だろう。ただ、そこには裏社会(密輸、闇送金、人身売買など)があり、国際テロ問題とも関連している。それをどう制御するのか。課題だ。
政府系ファンドとサブプライム問題
増える移民の問題と並んで、最近、大きな関心を呼んでいるカネの問題がある。政府系ファンド(SWF)だ。1月9日付のカナダのナショナル・ポスト紙で、サイモン・フレイザー大のジェームズ・ディーン名誉教授は、世界的規模での危機を招きかねない3つの金融問題として①サブプライム問題に発する信用不安②対ユーロでのドル大幅下落③政府系ファンドのもたらす政治的悪影響—を挙げた(“No Role for IMF”)。
サブプライム住宅ローン関連投資で巨額の損失を抱えた欧米の大手金融機関は、アジア、中東などの政府系ファンドから「救済」のための出資を受けた。米銀最大手シティグループ、証券大手メリルリンチ、スイス金融大手UBSなど4社だけでも計約3兆円の出資を得た。ディーン教授はかつてアジア金融危機で救済資金を拠出した国々の大手銀行などがアジアの国の政府系ファンドに救われているのは「皮肉」だと述べる。一方で、中国やロシア、アラブ圏の政府系ファンドの投資は「戦略的政治目的」に利用されないかとの懸念が先進国側にあると指摘している。
昨年10月ワシントンで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は会議後の声明で、政府系ファンドの「透明性向上」を求めている。投資の決定に市場原理を離れた政治的配慮がないのか、実に不透明なのが現状だ。
なぜ、にわかに政府系ファンド問題が注目さえるようになったのか。もともと原油価格の乱高下に対応するため、中東産油国が原油利益の一部を投資運用しようと1950—70年代につくったファンドだ。90年代以降ノルウェーやロシアにも広まった。アジア諸国では対外貿易で積み上がった外貨準備の効率的運用を目指しシンガポールや韓国、中国で次々と設立された。日本も設立を探っている。
世界に40ほどあり、運用総額は現在2兆ドルほどだが、最近の原油高騰などもあり10年後には15兆ドルに膨れあがると推定されている(12月14日付「サンフランシスコ連銀・経済レター」)
「中ロモデル」という選択肢の出現
膨れあがる政府系ファンドへの懸念の背景にあるのは、中国・ロシアと西側諸国の間の政治的確執だ。それをうかがわせるのが、1月9日付の英紙ファイナンシャル・タイムズの分析記事“Illiberal Capitalism”だ。冷戦後、ロシアや中国は市場経済を取り入れ、政治的自由に向かうかと見られたが、実際に出現したのは中国共産党幹部や旧ソ連時代の元官僚が資本主義化した国家経済を牛耳る権威主義的体制だった。
中国では、市場経済で巨額の収益をあげる国営独占企業を従える共産党がいまや「世界最大の持ち株会社」と呼ばれるようになった。ロシアでも、巨大な石油・天然ガス企業は旧ソ連時代から居座る官僚支配階級が押さえている。メディアの自由はロシアでは危うい。中国にはもともとない。すなわち、政治的自由に疑問がある。この二カ国は上海協力機構を通じて中央アジアの権威主義国家群と連携し、イランやスーダンなどの圧政をやめさせようとする西側諸国に対抗する。
ネオコン論客ロバート・ケーガンは「中ロの後ろ盾で、非公式な独裁体制連盟が出現した」とみている。米欧など西側経済が混迷すれば、非民主的体制で経済的に成功する「中ロモデル」が自由民主主義体制に代わって「魅力的な選択肢」と映じるだろう、とテレアビブ大のアザル・ガット教授はいう。
そうした中ロ、さらにイスラム圏の政府系ファンドが資源貿易収入、低賃金による輸出攻勢で得た資金を使って、米欧の大企業の大株主になりつつある。それを危機ととらえるか。むしろグローバル化する経済の中で相互依存する運命共同体となることによって、確執の抑制に向かうか。今が岐路なのかも知れない。
中国の政府系ファンドによるアメリカ企業への投資については、アトランティック・マンスリー1・2月号のジェームズ・ファローズの記事(“The $1.4 Trillion Question”)が秀逸だ。膨大な外貨準備を抱えた中国政府は二つの決意をしている。輸出による繁栄の体制を維持するため人民元の為替レートは、国が管理し続ける。国民の福利ために、直接この外貨を使うことはしない。その結果として、ますます積み上がっていく政府系ファンドは海外での投資先探しに奔走する。それが米投資会社ブラックストーンや証券会社モルガン・スタンレーへの巨額出資となった。かつて中国海洋石油が米石油大手ユノカルの買収を提案したが、米議会などの強い反発で断念した。再びそうした「投資摩擦」が起きないともかぎらない。ファローズの記事が指摘するように「投資の意図と目的についての透明性こそが鍵」だ。
記事中に、サマーズ元財務長官の発言が引用されている。米中の経済はそうして相互関与を深めていくが、米経済の先行きが不透明なために、冷戦期の米ソの核兵器による「恐怖の均衡」にも似た「金融恐怖の均衡」が両国間に生まれているという。面白い。
重商主義の復活?
12月26日付ワシントン・ポスト紙でロバート・サミュエルソンが書いたコラム(“The End of Free Trade”)は、ファイナンシャル・タイムズの分析やファローズの記事と通底し、示唆に富む。中ロ、さらに石油でポピュリズム政治を進めるチャベス大統領のベネズエラに見られるのは、政府が市場を操ろうとする「重商主義」だという。重商主義の背後にはナショナリズムがある。「深まる経済相互依存、高まるナショナリズム−矛盾する力が不安定ながらも共存するか、あるいは衝突に向かうか。まだ、答えは見えない」とサミュエルソンは言う。今日の現実だろう。
中国の台頭は、これまでの世界史に見られたような覇権国家の交代に必ずしも結びつかない。アメリカが中心となって第二次大戦後につくった自由主義体制は、たとえアメリカ自体の相対的力が落ちようとも力強く続くからだ、と米プリンストン大のジョン・アイケンベリー教授は主張する(フォーリン・アフェアーズ1・2月号“The Rise of China and the Future of the West”)。国連、IMF世銀、ガット・WTOなど精緻に組み立てられ、日本・ドイツなど敗者も取り込んだ自由主義体制。たとえ中国が経済力でアメリカをしのごうとも、米欧日を中心とした西側体制全体の経済力・軍事力がいぜん世界の中核となりつづける。中国もそこに取り込んでいかねばならない。問題はアメリカがこの国際システムの強化にどう取り組んでいくかだ。
説得力に富む主張だ。(了)












