シンポジウムレポート「グローバル化時代の外交戦略」
2008年05月09日
2008年5月9日
G・ジョン・アイケンベリ(プリンストン大学教授)
ハン・スンジュ(峨山政策研究院理事長)
北岡 伸一(東京財団主任研究員(東京大学法学部教授))
主催者挨拶: 加藤秀樹(東京財団会長)
加藤:グローバル化の進行により経済やビジネスのルールが均質化しつつある一方、宗教や文化的伝統に基づくローカルな多様性も存在します。そして、この均質化と多様性の相克を調整するのは外交ではないかと思います。本日は著名な国際政治学者をお二人お招きし、グローバル化時代の外交について世界的な視野からお話しいただきます。
アイケンベリ:米国は第二次世界大戦後、60年にわたり国際秩序の維持に主導的役割を果たしてきました。しかし近年、新興国の台頭などにより国際社会は多極化しています。その結果、米国の力が相対的に低下し、世界は今、新たな秩序を模索しているように思います。
米国がリーダーシップを執った時期を振り返りますと、戦後しばらくして、日本と西ドイツが世界秩序に再統合されました。そして、米ソの対立を中心とする東西冷戦は、1991年のソ連崩壊により西側の勝利に終わりました。こうして全体主義は大幅に後退し、自由と民主主義を基調とする価値観が世界的に受け入れられました。しかし、この自由主義世界秩序が今、危機を迎えています。第一の要因は中国とロシアの台頭です。この二つの大国は近年、急速に経済力を付ける一方で、政治的には全体主義的な色彩を残しています。そのため、中国とロシアが連携を深めることによって専制的、反自由主義的な価値観が広がり、世界が自由主義陣営と専制主義陣営に分断される可能性があります。そして、この分断が19世紀型のバランス・オブ・パワーにつながることを懸念する声も上がっています。また、このほかにも、アジア諸国と西洋諸国がグローバルに対峙する新たな東西対立の出現を危惧する声もあります。第二の要因は国際機関の弱体化です。国連は、安全保障理事会の改革の頓挫にみられるように、加盟国の足並みがそろいません。IMFと世界銀行はいずれも、旧来の役割を終え、新たな役割を模索している状況です。
ハン:韓国では今年2月、李明博(イ・ミョンバク)政権が新たに発足しました。李大統領は実利主義の外交を掲げ、就任後まもなく米国と日本を訪問するなど積極的に行動しています。しかし、米国産牛肉の輸入再開を決定したところ、国民がこれに猛烈に反発し、政権への支持率は20%台に急落してしまいました。そのため、外交上の実利と国民感情の調整が課題となっています。また、台頭する中国やロシアへの対応も大きな課題です。
米国の東アジア外交を振り返りますと、2002年の一般教書で「悪の枢軸」の一つに数えるなど、ブッシュ大統領は北朝鮮に対し強硬な態度をとってきました。しかし昨年、ブッシュ政権は宥和政策に転換し、北朝鮮との二国間交渉を開始しました。そして、この政策転換は韓国と中国では好意的に受けとめられています。
北岡:アイケンベリ教授、ハン理事長、ありがとうございました。私は最近の外交を見ていて、グローバル化の影響を強く感じます。今年は第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)とG8サミットが日本で開かれますが、いずれもグローバルなテーマが議題となります。今来日されている中国の胡錦濤国家主席と福田康夫首相の会談でもチベット騒乱や地球温暖化防止への中国の協力など、二国間の問題ではないテーマが話し合われました。また、アイケンベリ教授のお話にありました主権概念の変化に関連して、2004年から06年にかけて私が日本の国連代表部の次席大使を務めた時期を思い出しました。この時期に「保護責任(Responsibility to protect)」「人間の安全保障(Human security)」といった考え方が国連で受け入れられるようになり、国連は人権保護のために内政干渉を行うようになりました。次いで、教授にお尋ねしたいのですが、新しい世界秩序を構築するにあたり、米国は自らの国際的権限をどの程度、国際社会に譲り渡すことが可能だとお考えでしょうか。
アイケンベリ:米国の力が今後相対的に低下していくことは明らかです。このため、米国は自らの力が低下した後も米国に有利になるような世界秩序を望んでいます。国連改革はその一つで、インドや日本が安全保障理事会の常任理事国になることは米国の国益と合致します。また、中国やインド、ブラジルのG8への加入も米国にとり有益です。
ハン:国連改革に関連して、日本の常任理事国入りが見送られたのは日本側の不手際もあったと思います。一つには、日本は常任理事国入りについて近隣諸国の理解を取り付けていませんでした。また、拒否権の無い常任理事国という妥協案も拒否しました。
北岡:それでは、会場からの質問を受け付けます。
会場からの質問:人権保護を目的とする国際社会の内政干渉は今後、どのように展開するでしょうか。
アイケンベリ:自由主義には、他国に直接干渉して民主主義を広げようとする伝統と、国際機関を中心に民主化を推進しようとする伝統があります。イラク戦争での経験を教訓に、これからは後者が主流になると思います。
ハン:内政干渉を行おうとする国々は、対象となる国にさまざまな利害関係をもっています。そのため、それぞれの思惑から関係諸国の足並みがそろわず、内政干渉がうまく行かない例もあります。
会場からの質問:アイケンベリ教授は国際ルールに基づく「立憲的秩序」という概念を打ち出されています。国際社会がこれから立憲的秩序を構築していくことは可能でしょうか。
アイケンベリ:冷戦時代は東側の軍事的脅威がありましたので、米英両国が主導する立憲的秩序を西側で比較的容易に構築できました。しかし、冷戦の脅威が消滅した現在、立憲的秩序の構築は困難になっています。
会場からの質問:韓国の歴史教育をめぐって活発な議論があるようです。
ハン:韓国の歴史教育界には、民族主義的な保守派と、国際的な進歩派の二つの流れがあり、政権によりいずれかの傾向が強くなります。前政権は進歩派寄りでしたが、新政権は保守派寄りだと思います。
会場からの質問:グローバル化と並んで、EU、ASEANにみられるような地域主義も広がっています。
ハン:地域主義はグローバル化に対抗する動きではなく、グローバル化という大きな流れの中で地域内の協力を深める動きだ思います。
北岡:韓国の歴史教育に関連して、私は日韓、日中と二つの歴史共同研究委員会に属していますが、歴史をさかのぼるとチベットは中国の一部分と言えるのか疑問がわくなど、さまざまな課題が浮上してきます。地域主義については、地域内に図抜けて大きな国があるとうまく行かないようで、実際、米国やロシアは地域連合に属していません。そして、このような大国を含む地域連合が成立するには、参加国が普遍的な価値を共有する必要があるように思います。さて、本日は実りあるシンポジウムとなりました。パネリストのお二人、ありがとうございました。